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都電荒川線散歩

  • 執筆者の写真: atsux.
    atsux.
  • 3月28日
  • 読了時間: 3分

更新日:3月28日

都電電雑司ヶ谷駅―鬼子母神前駅―面影橋


【雑司ヶ谷霊園】


都電荒川線の雑司ヶ谷霊園駅で降りてすぐのところに都立雑司ヶ谷霊園があります。


都電雑司ヶ谷駅
都電雑司ヶ谷駅

東京都雑司ヶ谷霊園
東京都雑司ヶ谷霊園

この雑司ヶ谷霊園には、夏目漱石、小泉八雲、永井荷風といった名だたる文豪たちや、ジョン万次郎こと中濱萬次郎、音楽教育や台湾での日本語教育で有名な伊澤修二、日本最初の女医となった荻野吟子といった、歴史にその名をとどめる人々が眠っています。それほど広い霊園ではないので、1時間もあれば、それぞれのお墓にお参りすることができます。


夏目漱石の墓
夏目漱石の墓
小泉八雲とセツの墓
小泉八雲とセツの墓
永井荷風の墓
永井荷風の墓
ジョン萬次郎の墓
ジョン萬次郎の墓
伊澤修二の墓
伊澤修二の墓
荻野吟子の墓
荻野吟子の墓

この霊園には、ベトナムの近代化と独立を夢見て、遠く日本の地で散った若き志士、陳東風(チャン・ドン・フォン)(1887-1908)も眠っています。


陳東風の墓 (1種4A号4側14番)2026年3月27日撮影
陳東風の墓 (1種4A号4側14番)2026年3月27日撮影

20世紀初頭、フランスの植民地支配下にあったベトナムで、近代化に成功した日本に学び、人材を育成して独立を勝ち取ろうという運動が起きました。東遊(ドンズー)運動(1905-1909)という運動です。この運動により、多くのベトナムの若者たちが留学のため来日しました。陳東風もその中の一人でした。


陳東風は、日本での勉学に励みながら独立への希望を燃やしていましたが、情勢は急変します。1907年の日仏協約により、日本政府はフランスとの関係を優先し、ベトナム人留学生の国外追放を決定したのです。


祖国での弾圧と情勢の変化により、絶望的な状況に追い込まれた陳東風は遺書を残し自ら命を絶ってしまいます。


墓碑には「同胞志士陳東風亗墓」と刻まれています。この若者の志を大切に思い、墓参する人は少なくありません。私が墓参に訪れた時も既に供花が添えられていました。今日はささやかながら、準備してきた線香をあげさせていただきました。



【雑司ヶ谷鬼子母神堂】


続いて都電で向かったのは鬼子母神前駅です。電車を降るとケヤキ並木が見えるので、そちらの方へ進みます。ケヤキの新芽が出始めていました。

鬼子母神のケヤキ並木
鬼子母神のケヤキ並木

ケヤキ並木を通り過ぎて鬼子母神堂へ。参道にある「上川口屋」さん(江戸時代から続く駄菓子屋さん!)の軒先を眺めながら境内に入ると、そこにはまた違った春の景色が広がっていました。



境内の公孫樹(イチョウ)の巨木が生命の力強さを感じさせてくれます。

樹齢約700年の公孫樹
樹齢約700年の公孫樹

赤い鳥居のトンネルも写真映えします。



【面影橋】


次に向かったのが面影橋です。都電荒川線の面影橋駅で降りると神田川にかかる面影橋をすぐに見つけることができます。


面影橋駅のホームより面影橋の方向を望む
面影橋駅のホームより面影橋の方向を望む

目に入ってきたのは、神田川の両岸から身を乗り出すような枝ぶりの桜でした。まだ5分咲きで、見物客はすくなめでしたが、満開の頃は大変な賑わいになるのだろうと想像しました。



神田川に映る空や桜が美しいです。葉桜の頃にでもまた散歩に来ようかと思います。


ではまた次回のブログでお会いしましょう。




【参考文献】

メコン圏と日本との繋がり 第14回 「陳東風(チャン・ドン・フォン)の墓」(東京都豊島区雑司ヶ谷霊園)」https://mekong.ne.jp/tran-dongphong/



2件のコメント


ZENTARO
3月28日

東京の歴史ある下町の紹介、興味深く見ました。一度訪れてみたいです。

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atsux.
3月29日
返信先

コメントありがとうございます。ぜひ、行ってみてください。普段乗らない電車やバスに乗って訪れてみると、新たな発見や出会いがあるかもしれません。

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